普段ならば大人の膝を隠す程しか水嵩のない小川が、 先刻まで降り続けた雨ため、濁流となって激しく唸りながら流れている。
「うるさいっつ」平間重助が川に向って叫ぶ。
川の轟音は平間を支配する恐怖を一層掻立て苛立たせる。 捨てた女、糸里の罵声とも聞こえ、また、自分に襲い掛かろうとする獣の雄叫びにも聞こえた。
「黙れっつ」 しかしその空しい叫びも川の流れは取り込み、激しく唸る。 音に負けじと必死に助かる道を思案する
・・・誰が追っ手か、部屋に踏み込んで来たのは、永倉新八と 井上源三郎だった・・・夜眼は利く、間違いない。 連中が来るか・・・いや、旨くすれば奴らは東に向ったかもしれん。
だが、手分けするとなれば、一人は追ってくるかもしれん だが一人なら殺れる いや、例え二人掛かりで打ってきたとて、必ず返り討ちにしてやるぞっ・・・
平間は左手にしかと大刀を握りしめ、ひたすら走り続けた。
そして前方に橋が見えて来た。
「あれを渡ればっつ」人家に、寺に逃げ込める。 暫く身を潜め、隙をみて船で一気に上方へ、大坂に・・・ いや、だめだ。大坂にも新撰組の息の掛った連中がいる・・・
「とにかく橋を渡らねばっつ」 |