鬼の形相と化したかと見紛うほどの男の恐怖と苛立は、女を一層怯えさせた。
「いやっ、もういややっつ はなしておくれやすっ、うちはあんさんとは関係おへんっ はなしてっつ」
女が男を突き放し濡れた地面にしゃがみこみ泣き叫ぶ。
「糸里っつ」 平間重助は、この芸妓糸里に惚れ込んでいた。
・・・俺は、お前に惚れているんだ・・・だからこそ、 こうして足手まといとなること覚悟の上で、お前を連れ逃げているんだ・・・ なのにっ
こんな処でもたもたしていては、追っ手に追いつかれる・・・
平間重助は、道に伏せ泣く糸里に未練を残しながら、命への執着に じりじりと女の側から歩を下げる。 糸里に向けられていた顔は、前方に続く逃げ道へと向き直された.。 平間が走り始めた。
その姿に、男が自分を見限ったことに、 見捨てたことに気付いた女が罵るように叫んだ。
「平間はんっつ」
男の耳には女の声はすでに届かなかった。
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